いいお店の定義

仕事柄外食が多いのですが、最近はどこで何を食べても「それなりに」

美味しいものが多いなと感じます。

一昔前ならば、見た目もさみしく、口入れると「むむぅ・・・」とよろしくない意味で

顔をしかめるお店もあったのですが、そのようなお店が懐かしく思えるほど、

最近のお店は本当にアベレージが高いなと感じます。

厨房のオートメーション化によって料理は機械が作っていたり、またマニュアルに従って

作り方も一元化すれば、どこのお店で食べてもそれなりの味なのは当然。

大体「75点」といったところなのですが、「100点」がめったにないのと同じくらい、30点、

20点の味もなく、はずれはありません。しかしこれは、考え方によっては没個性。

「まずい店」という強烈なアインデンティティがなくなっていることに一抹のさみしさを感じます。

昔はあったんですよ。

閑散としたお店。無愛想な店員。「ドン」とおかれた定食は見た目もみすぼらしく、

我慢してかき込んだご飯はカッチカチなんてお店が。

やっぱりこういうお店ってなくなってしまうんですかねぇ。

では、美味しい店なら「いい店」なのでしょうか?

先に述べたようにに作られた食べものがみな「それなり」に美味しいので、この考え方でいくと、

世の中のお店全てが「いい店」という事になるのですが、どうやらそうではないようです。

マニュアル化された接客にシステム化された注文方法。確かに便利なところもあるとは思いますが、

なんというか、味がない。ロボットのような無表情な店員さんにルール通りの接客をされ、

機械で作られたご飯を食べていると、どうも自分がベルトコンベアの上に乗せられているような感覚に

陥ってしまうのです。もちろん美味しいので文句も言えませんが、

機械的に「ありがとうございましたー」なんていうお店が「いい店か?」と聞かれれば、

「別に」と答えざる得ません。

では、機械化、マニュアル化されていないお店が「いい店」なのでしょうか?

作る方の気分によって味が違っても困りますし、効率の悪い調理方法で延々と待たされたりして・・

「美味しい」と評判で行列をなしているお店に行った時のこと。

連れと期待に胸を膨らまし、のれんをくぐると、「私語禁止」とデカデカと張られたポスター

確かに美味しかったのですが・・・

「美味しいお店はいいお店」どうやらそれも違うようです。

「いいお店ってどんなお店なんだろう?」とぼんやり考えながら、先日、某大手ファミリーレストランに

ランチへ。いつものように、スタッフさんがランチの説明を始めました。

かつてこの系列のお店で「マニュアル接客を受けた」ことのある私。説明もすでに知っていることなので、

「この説明長いんだよなぁ・・」、とうんざりしかけたその時でした。

「私はAセットがお勧めです!お魚好きなら絶対にAです!」とスタッフさんがにっこり。

おどいた私、自信満々のスタッフさん。

そして、通りがけのお客さんが彼女に

「いやぁ、Aセットうまかった!ありがとう!」と一言。

彼女は満面の笑み。そして私に、「どうします?」といたずらっ子の様に笑います。

まだ食べてもいないのに、週末に家族でこようと決心しました。

いいお店の定義はうまく言葉にできないのですが、私はこういうことなのではないかと思います。

ちなみにAセットは普通の焼き魚定食です。

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