話を聞くスタンス

「聞く」スタンス

効果のある営業方法を解説するいわゆる「営業本」や自己啓発関連の本のテーマで
多くみられるのが、「コミュニケーション」について。

人間同士のコミュニケーションの場において、何をどうすれば成果を出せるのか?

(成果とは営業の場合は「売れた」という結果であり、

仕事でなければ、お友達ができた、彼女・彼氏ができたという結果だったりします)

アプローチは本により実に様々。

何点かご紹介しますと、例えば・・・

・話題のチョイスの仕方

・鋭い質問(キラークエスチョン)の仕方

・話相手のしぐさのチェック

等々。

「星座から見る対話相手の攻略法」なんてのもありました。

相手の星座をどうやって調べるんだろ?

もとい。

このように、コミュニケーションに関する本の中でもっとも重要と思われる、

しかしなかなか実践されていないテクニックがあります。

それは、相手の話を夢中で聞く事。

質問をしろということではなく、相手の話に夢中になれということです。

それはもう夢中で聞くんです。

自分が話す事なんてなしに、

話の前後を忘れてしまうくらいに、

もう相手の大ファンだと言わんばかりの勢いで、

相手の目をみて、しっかりと話を聞くんです。

「へ?それだけ?」と言われてしまいそうです。

「な~んだ、聞くだけでいいなら簡単じゃん」ともいわれてしまいそうですが、

これが結構難しい。

何故って、人間はとにかくしゃべりたがり。(私ももちろんそうです)

自分の話をしたくてしたくて仕方がないもの。

例えば営業に行った時。

下手な沈黙は隙を与えると考えてしまい、一気呵成にまくしたてる。

「当社の商品は○○で、××なんです。△△な御社には最適な商品かと

 思われます。」なんて具合に。

相手の話など聞きません。

だって、隙を見せたら負けそうになってしまいますもの。

だって、質問に対する切り替えしに自信がありませんもの。

とにかく自分が話の主導権を握るのに夢中。

不思議なもので、普段は寡黙で、お話があまり得意ではない方ほど、

緊張を強いられる場面ではこのように「しゃべりたがり屋さん」になって

しまう傾向があるようです。

商談の場において緊張しているのは「売れるだろか?」と心配している自分

だけではありません。

「変なもの掴まされないだろうか」と相手だって緊張し、不安になっているんです。

そして、やっぱり話をしたいんです。

「当社は○○で困っていて、××な状況なんです。それで△△を探しているんですが・・・」

という具合に。

もちろん、相手の質問を先回りして回答を用意しておく事は重要です。

でも、相手だって同じ人間。「しゃべりたい」という前提をしっかりと理解していたならば、

答えだけ用意して、相手にお話をさせてあげた方が親切だと思いませんか?

A:○○でお困りとのお話ですが、どうされました?

B:実は○○で困っているのにはわけがありまして、□□という問題が・・・

A:それなら当社の商品がベストです、なぜなら~

こんなやり取りがべストではないかな?と思います。

さて、このように自分で話さずに相手に話をさせる(というか話を聞く)上でとっても

大切な事があります。

それは、話を聞く姿勢です。

実際、長ーい話になる場合にはその労力も相当なもの。

いくら「話したい」といったって、話をするのはそれはそれで大変なものです。

相手に話をさせるように促せたのであれば、または促すために、

「私はあなたの話を夢中で聞いているんですよ」という事を相手に伝える必要が

あります。

うまいタイミングで相槌を打ったり、表情をオーバーにしたり。

前述の本の話ではありませんが、表情に関する本も存在しますが、

そんな小手先のテクニックは覚えきれませんし、スグに見透かされますので、

割愛します。

とにかく一生懸命聞く事。

これだけを大切にしてください。

繰り返しますが、一生懸命に聞くとは・・・・

それはもう夢中で聞くんです。

自分が話す事なんてなしに、

話の前後を忘れてしまうくらいに、

もう相手の大ファンだと言わんばかりの勢いで、

話に聞き入って下さい。

相手のファンなのですから、当然目は相手をしっかりと見据えているはず。

夢中で話を聞くわけですから、姿勢だって前傾姿勢になっているはず。

相槌だって、「タイミング」など図らなくても自然に出てきます。

そこで「うわっ」とか、「ヤバい!」とか、

汚い言葉で相槌打っても私はいいと思っています。

確かにビジネス上で好ましい言葉づかいではありませんが、

その位夢中なんだという事が相手に伝われば、マナー上の不手際など

さっぱりチャラになります。

実はこれは経験談です。

商談相手の部長さんとのお話中、話を聞く事に夢中になっていた

私は思わず、「きたねぇ!」っといってしまった事があります。

話は雑談。内容から、私の発言が相手の名誉を傷つけるような事は

あり得ないのですが、問題は言葉づかい。仕事で許される言葉づかいでは

ありません。

「きたねぇ!」と言った、0.001秒後に「しまったー!!!」と激しく後悔

したものですが、部長さんは私のリアクションに大笑い。

「ええっ?そんな汚いかなぁ」とニッコニコ。

今思えばこの話。部長さんの得意のネタだったんでしょね。

自慢のネタに対するリアクションがよかったので、私の罪はチャラ。

決してほめられる内容でもありませんし、皆様がこのような目に合わないことを

お祈りいたしますが、とにかく相手の話に夢中になるということにこのくらい

我を忘れても大丈夫ですということです。

相手の話を夢中で聞く。

このスタンスを取るために最も難しい事は自分のテンションです。

「話を聞くモチベーション」というと難しいでしょうか?

「なんだか気が乗らない」ということだって人間あるものです。

そんなときに、知らない人の話に自分を併せていくのは結構大変なんです。

まして、すでに面識のある、自分にとって「苦手」、あるいは「嫌い」という

人に対しては特に。

人間自分が嫌いな相手にはなるべく関わりたくないもの。

「関わりたくない」のですから、しゃべりたくもない。っていうか見たくもない。

そんな状態ですから、「話を聞く」なんてとんでもない!

そんな風に思っている相手がいる方こそ、絶好のチャンスと捉え、

是非是非、しっかりと話を聞いてみましょう。

相手の話に夢中になってみましょう。

そのスタンスが、相手の心のドアを開きます。

その人がどんな事を話しているのかを聞けば、どんな考えを持っているのかがわかります。

話の中で聞ける意外な事実から、もしかしたらその人のことを好きになれるかもしれません。

かなり確率は低いと思いますが・・・

しかし、その人の事をやっぱり嫌いであったとしても

「なぜ嫌いなのか?」がハッキリすれば、今後の付き合い方もしっかりと

見えてくるはずです。

嫌いな人と変な距離感で付き合って苦しんでいる人をたくさん見てきました。

その場合の多くは、(やはり)一度もお互い、しっかりと話し合ったことがないケースが

多いんですよね。

結果、

アイツさえいなければとか思ってしまう。

挙句の果てに逃げてしまう。

そんなの・・・もったいないじゃないですか。
話が少々脱線しましたが、

とにかく話をしっかりと聞く事が、上手なコミュニケーションのコツ。

そしてしっかりと聞くコツは・・・

「とにかく相手に夢中になること」

夢中になるとは真剣になることです。

自分が真剣に相手の話を聞くから、その後の自分の発言も真剣に聞いてもらえるのです。

クレームを受けた時や問題が発生した時。

相手の話を夢中で聞く事はすなわち、

そこから逃げずに、問題に真摯に取り組む

という事に他ならないわけです。

たくさんしゃべってもいいです。

しかし、まずは相手の話を聞いてから。

夢中にさせるために、まずは夢中になりましょう。

絶対に、会話が楽しくなります!!

便益性を学ぶ

物売りの鉄則として知られている手法として、

相手に「便益性」を伝えるというロジックがあります。

「便益性」とは何か?

簡単に言えば、「これを使うと、どれだけ便利なのか?」という事。

そのものを使うことによって得られる効果を便益性と考えてよいと

思います。

様々な商品やサービスが存在する世の中。

自分を「いち消費者」という立場に置いたとき、

つまり「何かを買う立場」に置いたときに気にする事ってなんでしょう?

もちろん、「もののお値段」も重要ですが、その前の段階で、

「これ使ったら、どうなるんだろう?」と考えませんか?

便益性の重要性を表現したこんな名言があります。

「客はドリルを買うんじゃない。ドリルであける穴を買うんだ」

その商品自体ではなく、その商品を買った結果得られる状態や気分を

消費者は購入するわけです。

この視点で物売りを考えると、世の中いかに「便益性」の遡及が弱いかが

見えてきます。

例えばパソコン。

CPUが○○で、メモリが××で、HDDが△△

・・・・だからどうなるのか?

例えば、「だからオンラインゲーム向き」の一言が欲しいところ。

例えば宴会。

○○名様で食べ放題、飲み放題で△△円

・・・・だからどうなるのか?

例えば、「だから、肉食系の皆様のパーティーにぴったり」との

提案が欲しいところ。

もちろん、買い物をする上で一定の知識は必要。

車や家電製品などはインターネットの普及で製品の情報検索が容易です。

「詳しくはWEBで」という言葉が流行っていますが、それはすなわち、

「自分で調べろ」というように聞こえてしまい、売り手側が買い手側に

近づいて「御用聞きする」といったアクションがめっきり減ってしまった

ような気がします。

前置きが長くなりましたが、先日より夢中になっている本がありますので、

ご紹介します。

それは、「ジャパネットからなぜ買いたくなるのか?」という本。

日経ビジネスアソシエの連載が単行本になったこの一冊。

おなじみ「ジャパネットたかた」の高田社長の物売りの手法や

マインドをインタビュー形式で紹介しています。

これが面白い!

ジャパネット成長の一員は高田社長のあのキャラにももちろんあるとは思いますし、

お客様を徹底支援するコールセンター等の確立もあるとは思いますが、

やはり、高田社長のマインドにあるとこの本を読んで思いました。

TVやラジオでの商品の紹介はとにかく便益性重視。

昨日なんかそっちのけ。

これを買ったらどうなるのか?

何がどう便利になるのか?

どんな風に幸せになれるのか?

そしてどんな人に使ってもらいたいのか?

ここにだけこだわっているとのお話。

書中にもありますが、デジカメの紹介をするときに「画素数」の話をしなかった

事もあるとか。

そんな事よりも、それを使うとどれだけ暮らしが豊かになるのか?

をただひたすらアツク語ります。

その他の商品もこんな具合です。

【ビデオカメラ】

このビデオカメラを運動会やお遊戯に持っていけば、お孫さんの動く

アルバムが作れます。

【ボイスレコーダー】

メモじゃなくて、お母さんの声で、「おかえり」と言ってあげてください。

また、放送を予定していた商品を生放送10分前に変更し、

「こんな天気のいい日はデジカメを持って外に出ませんか?」と

始めたこともあるそうです。

とにかく商品がどうとか、ああとかではなく、それを使うとどうなるかに終始。

売る商品ではなく、使うお客様が主役という立ち居地で見事に商売を成り立たせています。

買い手あっての商売なのに、何時からか、私達は大切な事を忘れていたような気がします。

相手のために何ができるのか?

商売の原点を考え抜いていけば、「便益性」なんて難しい言葉は使わなくても、

答えは見つかります。

これは、転職活動にも同じ事がいえます。

私が面接で必ず言う事なのですがが、

「自分が会社に入る事での相手のメリットを提案して下さい」

つまり、自分という商品を買ってもらったら、どんな良い事があるのか?を

相手に伝えろという事です。

これをせずして「自分がこうなりたい」とか、「自分がああやりたい」といった類の

志望動機では残念ながら、内定につながる事は少ないと言えます。

誰かにモノを売り買っていることで成り立つビジネスの世界。

便益性を最重視する高田社長から学ぶ事は、営業担当のみならず、全てのビジネスパーソン

いや、現在転職活動中の方も、きっと得るものは多いと思います。

日経BP社から発売中の「ジャパネットからなぜ買いたくなるのか?」。

書店で見かけられたら、是非ともお手にとって見て下さい。
最後に、高田社長が最も気に入っていたというジャパネットのテレビCMをご紹介させて

頂きます。

古びたビデオを見る一人の男性。

そこには若かりし父親と幼き自分の姿。

懐かしい映像を見ながら、男性が心の中でつぶやきます。

「子供の頃の自分を見て喜ぶ男は少ない。

 僕は今、古い映像の中の父の姿をじっとみている。

 僕をしかる顔、見守る目。

 そんな父の姿は遠い幸せな日々に僕を連れ戻してくれる。

 子供ために、僕を撮ろう」

ダメです。書いているだけで目がウルウルしてきちゃいました。

過去は変えられる

先日参加した、とあるイベントの主催者の方が素敵なお話をされておりましたので、ご紹介をしたいと思います。

過去の結果は変えられる。未来へ志を持ち、不撓不屈である限り。

その方は大成功を収めたにも関わらず、人の悪意で全てを失ってしまった方です。

取り巻きは一人残らず居なくなり、たった一人に。しかし理想を求めて戦い続け、再びまばゆいステージに帰ってきました。

そこで発した言葉が冒頭の一言です。

かの哲学者、ニーチェの言葉は言いました。

「事実というものは存在しない。存在するものはただ解釈だけである」

発生する全ての事象は人に解釈されて、その意志を含めて記録し、記憶されていきます。

したがってこの解釈がなければ、その意志がなければ、歴史上、記録も、記憶もされない。

事象はどうあれ、それを受け止めるのが人間である限り、「事象そのもの」ではなく「それがどのように解釈されるのか」が重要であるという意味の言葉であったと記憶しています。

「過去はかえられない」とよくいいます。もうおきてしまった事ですから、普通に考えれば当たり前の事です。

しかし、発生した事が全て人間の解釈によって残っていくものであるならば、これからの行動一つで、過去に起きた事象に対する、自分と人の解釈を変えるができるはずです。結果、過去を大きく変える事だってできるかも知れません。

前から後ろに流れていく時間。今日起こる事、今から起こす事が、思い出したくない過去、辛い失敗までを変えていけるならば、全力で今を、未来を生きることは大変大きな意味を持っていると思います。

そのための条件はたった1つ。不撓不屈であること。

不撓不屈とは、「強い意志をもって、どんな苦労や困難にもくじけないこと」。

未来への強い意志を持ち、何にも屈せず、負けない事。つまり今をしっかり生きること。

大きな壁にぶつかっている人に、辛い過去に縛られそうな方に、戦い続ける全ての人に。

お伝えしたい言葉です。

過去の結果は変えられる。未来へ志を持ち、不撓不屈である限り。

二度目のボランティアに行ってきました!

夏に続き二度目のボランティアに参加して参りました。

場所は宮城県の牡鹿半島。3面が海に囲まれた自然豊かな牡鹿半島は
かきの産地としても有名。前回の作業場所が石巻市の市街地であったため、
雰囲気をがらりと変えた牡鹿半島でのボランティアは新鮮!
気持ち新たに、2回目のボランティア作業に望む事ができました。

海沿いの住宅地が今回の作業場所。作業内容は瓦礫の撤去。

さすが東北地方。8:30の時点で気温は0度あるかないか。また海からの寒風が吹きすさんで
いるため、寒さは大変なもの。
天気雨が少し振ったのですが、一瞬で雪に。そして風のせいでふぶきに。

防寒対策もむなしく感じるほど寒さの中での作業は本当に寒かった!
しかし、今回、牡鹿半島で作業をさせて頂いたおかげで、大変素晴らしい体験をさせて頂く事
ができました。

私が作業をさせて頂いた場所のお隣は神社。

その日は年に2回のお祭りとのことで、住民の皆様が一生懸命に準備されていらっしゃいました。

祭りといっても、飾りつけは入り口に立てられた二本ののぼりだけ。
山車もみこしも、出店などは一切ありません。

ずいぶん寂しいお祭りだなぁ。と思っていたところ、近くで瓦礫を拾っていた私に、
地元の男性が声をかけてくれました。

「お祭りが始まるから、作業しながら見ててよ」

「これでお祭りが出来るのか?」
ポカンとする私をよそに、神社ではお祭りの開始をつける鐘が鳴らされます。
山と海に囲まれた町に鐘の音が響くと、地元の方々が続々と神社に集まり始めました。

神主さんを先頭に、二列に並んだ住民の方がうれしそうに、楽しそうに、手には紅白の
おまんじゅうを携えて、神社に繋がる道を笑顔で歩いてきます。

おみこしも出店も、祭囃子もない静かなお祭り。
海からの寒風吹きすさぶ天候の中、また地震と津波の影響で荒涼とした町並みの中での
お祭りはしかし、いえ、だからこそ、住民の皆様の笑顔が大変まぶしいお祭りならではの
幸せに満ちた雰囲気であったといえます。

聞けば、ココのお祭りは昔から地元の住民の方が一同に介して、神様に健康を祈願する
ためのものであるとか。
何かをお祝いしたり、派手に騒いだりという事は基本的にはせず、静かに平和を祈念する
お祭りなのだそうです。

「今年はやらないはずだったんだよね。でも、みんな思っていたみたい。

 今だからこそやらなくちゃってね」

100段はあろうかという階段を上り、お祭りの参加者は境内に向かいます。

私は持ち場を離れるわけには行きませんので、この先、このお祭りがどうなったのかは
分かりませんが、戻ってきた住民の皆様の希望に満ちた顔をみれば、それがどんなに素晴らしい
お祭りになったのかは想像がつきました。

お声をかけて頂いた縁で、境内にある鐘を3回ついてお願いごとをしても良いというなんとも
うれしい許可をいただきました。

先ほどお話した男性はどうもお祭りの実行委員長さんであったようで、聞けば、私にだけナイショで
許可を下さったとのこと!うれしい!!!

ボランティアの作業がお昼休憩に入るや否や、支給されるお弁当もそっちのけで私は階段を
駆け上り、境内に向かいました。

どんな立派な境内なのだろう。歴史ある鐘を早く鳴らしたい。

期待に胸を膨らませて階段を上りきると、そこには倒壊まではいかないまでも、扉がはずれ、
中が丸出しになった神社の姿が・・・

高台にあるために津波の影響はないようですが、地震の爪あとはくっきりと確認できます。
そんな社のお隣には、神社の鐘が仮設の釣り台にぶら下がっていました。

一見物悲しい雰囲気。
しかし、お祭り帰りの皆様の希望に満ちた顔を思い出せば、こんなに大きな地震が来ても
崩れずに住民の皆様を守り続け、また愛されている神社からは力強さ以外のものを感じません。

お参りを済ませた後、鐘を強く3回鳴らしました。

そして、鐘に負けないような大きな声でお願い事をしました。

一日も早く、被災地の皆様に幸せが訪れますように。

家族が健康で幸せでいれますように。

そして、

また、この場所にいつか、帰ってこれますように。

牡鹿半島は地震の影響で4000人の人口が2000人に減少したそうです。

バスの車窓から見る町は牡鹿半島に限らずまだまだ復興とは程遠い状況です。

私達が集めた瓦礫は受け入れ先が決まるまで、市内に集積されたままとのこと。

あの忌まわしき3.11からもうスグ一年。

今回のボランティアでは、復興も支援もまだまだこれからと感じる一方で、

被災地との確かな心のつながりを得たような気がします。

私の中で「三度目の参加」の決意がゆるぎないものとなりました。

もういっちょ、ボランティア

もういっちょボランティア

来週の金曜日に仙台までボランティアに言って参ります。

私にとってコレが二度目のボランティア。

前回は真夏。震災の余波が冷めやまぬ中でのボランティア活動。

思い出すのは、出発の前日にニュースやワイドショーで

暑さによるボランティアスタッフのダウンが連日報じられていた事。

「体力のない私に勤まるのか?」とドキドキの中での出発であった

事を思い出します。

そしてもう一つ忘れられない事。

それは、帰路に向かうバスの中でガイドさんから言われた一言。

「また必ず来てくださいね」

ずいぶん時間が経ってしまいましたが、ようやく約束が果たせそうです。

実は、前回参加した夏の時点で、復興作業の進捗から考えて、冬まで必ず

ボランティアが続いているということ、そして、その頃には参加者が

極端に減る事を伺っていました。

また私の能力から考えて、「最悪雪かきならできる」この時期の参加が

ベストであるのではないか?という勝手な判断の元、来週の参加とあいなった

わけです。

慣れとは怖いもので、手続きも、準備も、タンタンと進み、出発まで

時間が一週間もあるのに、もう明日にでも出発できるような状態。

前回ボランティアに参加する際に「何のために参加するのか?」という良く

分からない葛藤と戦った事も思い出しますが、今回はまったくなし。

「まだまだやれる事がある」→「ならば行く」

非常に単純な思考になれた自分に驚きながらも、気がとっても楽(というと

失礼でしょうか?)ともかく、気構えもしっかりと完了しています。

もうすぐあの3.11から一年が経とうとしています。

被災地が被った被害、心の傷はいえるはずもありません。

一方、直接的な被害を受けていない私達は被った被害も、多少はあった心の

傷も完治しているはず。

ならば、ならば!

たまーに来る地震が怖い。

だから、だからこそ!

超が付くほど微力ながら、一生懸命お手伝いしてきたいと思います。

ご報告は次回のアツイキでさせて頂きます。

ちなみに、私が参加するボランティアツアーはこちら。

ご興味がある方は、是非!!

なのはな交通ボランティア

at the end of 2011

現在2011年12月30日。

こうして無事に本年締めのアツイキがかける事に無上の喜びを

感じています。

っというとなんだか大げさなんですが、そのくらい色々なことが

あった2011年。皆様にとってどんな年でしたでしょうか?

私は大きく2つ。

まず、のっけから私毎で恐縮なのですが、待望の第一子誕生。

年明け、最も寒い日の明け方に無事出産。

午後に顔を見に行ったのですが、その時にはシンシンと雪が

降り始めていました。余りの喜びに放心状態。

帰り道、寒いのに傘も差さずに雪の中を歩きながら、

「ありがとう」、「ありがとう」と何度もつぶやきました。

「がんばろう」、「がんばろう」と何度も誓いました。

そんなわが人生、最良の日のことを昨日の様に思い出します。

そして、それからわずか10日後。

今年を振り返る際に、誰しも話題に上げるであろう、東日本大震災が

起こりました。

幸い、私の住む町の被害はほぼゼロといってよいでしょう。

もちろん、道が割れたり、電車が止まったりとそれなりに不便な

事はあったものの、「生死」のレベルの問題ではなかったことを

考えれば、「被害」などという言葉もおこがましいくらい。

TVで見ている被災地の映像が、本当に映画に思えるくらい、地震の直後は

別次元の話だと正直思っているくらいでした。

しかし、一方で、いえ、当然ながら、甚大な被害を受けている方が

身近にも沢山いる事を時間の流れと共に知る事になります。

実家が仙台にあり、スグに帰らなければならなくなったスタッフさん。

福島出身の派遣先の部長さん。

そして、千葉県の沿岸部に住み、津波に家をやられてしまったスタッフさん。

報告の電話を受けるたび、あって話しを聞くたびに、言葉が出なくなってしまい

ましたが、言葉が出なくても、手は出る、足は出る。

身の回りから少ないながらも義援金を募るができました。

失ったものの大きさはお金なんかじゃ取り戻せないとは思います。

ただ、このとき、義援金を下さった皆様からのアツイ気持ちも、やはり同じくらい

お金なんかじゃ表せないと思っています。

「どうせ寄付するなら、信頼できるところにしたい」と、

「これだけでゴメンね」と何度も、何度も、お詫びを言われたり、

「絶対に負けちゃだめよと伝えて」と言葉を預かったり、

「なんなら、ウチに泊めてあげるからいつでもいってよ」とのお言葉を頂いたり・・・

本当にもう、書ききれないくらい、今思い出してもグッとくるようなお気持ちを沢山

いただきました。

この場を借りて改めて御礼を申しあげたいと思います。

本当に、その節は、暖かいお気持ちを頂き、ありがとうございました。

そして、震災の影響は当然ビジネスにも出てきます。

直接的な震災の影響が少ない関東地方ではありましたが、「風評被害」と「消費控え」

でかなりの打撃を受けた企業があとを絶ちません。

当社の取引先もしかり。

事業を撤退していくところあり、長い歴史に幕を下ろすところあり、

「尾形さん、ごめんね」といった会社の社長さんの無念の一言が忘れられません。

その後、現地でのボランティア活動に参加。

大人20名以上かかっても、1日で民家1.5件の泥かきがやっと終わるくらいの働き。

震災から一段落した夏、、ボランティアのブームが去り、人手不足が深刻になり始めた頃。

ワイドショーでは暑さで倒れるボランティアの話に話題が集中し、それが追い風となり、

さらに参加者が減っているという状況でした。

それでも現地のボランティア隊の方々、また作業場所付近のご近所の皆様は、

我々に精一杯の気遣いをして下さいました。

文句の一つも言いたいでしょう。

私なら、「ふざけるな!」と怒鳴ってしまうでしょう。

それでも、終始笑顔で、「ありがとうございます」とお礼をおっしゃられていました。

帰りのバスの中、ツアーを仕切る責任者さんもしきりにお礼を述べておられました。

そして、やはり忘れられない一言を下さいました。

「また絶対に来てください」

間がずいぶん空いてしまいましたが、来年2月にまた参りますので、宜しく

お願い申しあげます。

・・・・・・・・・・・・・・

かけがえのない、命の誕生と、全てを奪い去る無慈悲。

両極端で矛盾した、しかしながら、二律背反の2つの事柄を中心に私の2011年は周り、

そして、まもなく終わろうとしています。

これほど自分の無力さを感じた年もなかったと思います。

そして、これほど人の温かさをダイレクトで感じた年もなかったと思います。

今年を表す漢字は「絆」だそうです。

スーパーの鍋売り場には「絆」と銘打たれた特売コーナーが溢れ、百貨店のおせち売り場にも

「絆」と書かれたコーナーが沢山あるため、正直辟易しておりましたが、

こうして一年を振り返ってみると、「確かに」と思う点がたくさんありました。

「絆」という言葉。

辞典には、「切り離し難い、人と人とのつながり」とありました。
誰かを思う、それだけで、心が安らいだり、逆に心を痛めたり。

直接言葉を交わさずとも、それが例え、顔が見えない「誰か」であったとしても、

その人の事を思うだけで、心が震えるてくる。

これこそが、切り離し難い、人と人とのつながりの源泉であると私は思います。

そしてそう思っているのは、なんだかんだいっても、皆同じで、結局は、日本中、

いや世界中が繋がっているような気が私はしてなりません。

この心の震えを、自分の毎日に、そしてその積み重ねである人生にしっかりと

伝えていくような年に来年はしていきたいなと思っています。

その震えが、いつか自分の周りに誰かに、誰か一人にだけでもいいので、誰かに

伝わるように、願ったり、祈ったりだけの日々はやめ、常に行動で示していきたいと

決意しております。

来年は当社でも新プロジェクトを立ち上げる予定です。

完全に静となった今年を抜け、動の一年に。

アツく、ひたすらにアツく、駆け抜けたいと思います。

今年一年、激務を支えてくれた弊社スタッフに心からの感謝を。

不安な思いの中、毎日お仕事に打ち込んでくださったスタッフさんに尊敬と感謝を。

全然帰ってこない父を笑顔で待ってくれている妻と娘に心からの愛を。

そして、

今も戦い続ける被災地の皆様と関係者の皆様に、心からの敬意を捧げ、2011年

アツイキの締めとさせて頂きます。

本年もアツイキをご覧頂き、誠にありがとうございました。

それでは、2011年もいつものフレーズで締めを。
格好悪くてもアツク生きよう!!

皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さい。

ワークパワー 株式会社

尾形 豪

ハートフル忘年会

忘年会

先日、関連会社の忘年会を行いました。

毎年恒例となった行事。

今年も予定よりもはるかに沢山の皆様にご参加を頂き、

楽しい時間をすごす事が出来ました。

幹事の分際で途中参加となった私。ゆっくりとお話が出来ませんでしたが、

それでも今年の労をねぎらうお言葉と、忘年会開催の感謝のお言葉を沢山

頂きました。

その中でもうれしかったのが・・・

「去年のアレ、またやってください」

というお言葉をたっくさんいただけたこと。

「去年のアレ」の参加者はもちろん、、噂だけ聞いている方からも本当に

たくさんの「アレ」へのリクエストが。

また「アレ」を全然知らなかった方も、内容を説明すると、

「それはスゴイ!来年は是非」とやはりリクエスト多数。

「アレ」とは一体何か?

あまりひっぱっても仕方がないので、ネタバラシ。

「アレ」とはお手製レストランの事。

実は昨年の忘年会。

ネタに困った我々は、せめて感謝の気持ちを伝えようと、手弁当で皆様を

お迎えする「手作り忘年会」を行ったのです。

しかし、ただ手料理を作ったってつまらないし、何より惨め。

気持ちをつたえるどころから、悲壮感漂う寂しい場となってしまいます。

そこで雰囲気作りも徹底するため、会社のワンフロアを全てつぶして、

レストラン風に変身することに!

テーブルを並べクロスを敷き、シルバーを並べるとそれなり感も出てきます。

会場が、普段は見慣れている事務所であるところもポイントだったかもしれません。

見慣れた場所に少しの変化を加えるだけで、そのギャップから一気に雰囲気が出てきます。

事務机があったところに、真白なクロスが敷かれ、ナイフ・フォークなわけですから、

さすがにインパクトがありますよね。

「次に何がくるか?」のワクワクを楽しんで頂くために、お品書きも作成し、配布。

これもレストランのメニューっぽい紙を探してまるでフランス料理屋さんの様に

オシャレにしてみました。

また主催者側のスタッフ(我々)の格好にも気を使います。

タキシードこそ間に合いませんでしたが、蝶ネクタイをして「いかにも」をPR。

家にある、洋風の調度品を並べてトドメを。

会場作りに時間をかけた分だけ、気がつけば中々の雰囲気で皆様をお迎えする準備が

できました。
「今年の忘年会は会社でやります」

このお知らせをした時には、社員やスタッフは正直うかない顔をしていました。

「おいしいものが食べれると思ってたのに・・・」

「会社の休憩室でやるのー?」

「なんか、惨め・・・」

こんな散々な前評判にもあえて、「ごめんね、お金がなくって・・・」なんて、

前フリも行い、準備は万端です。

レストランと化した事務所を見て、「ここまでやるか!」と参加者全員の度肝を

抜くことにまんまと成功!

お料理もおいしく召し上がって頂けた様子で、参加者、主催者共に本当に

楽しい時間をすごす事ができました。

お手製忘年会の始まりには正直「経費削減」が根底にありました。

外で派手にやるだけの経費が避けないという深刻な状況の中、それでも

どうしても大切にしたい思いがありました。

「みんなにお礼がいいたい」

結局、内装を派手にした分、経費は余計にかかってしまうという自体に。

年末の忙しいさなか、仕事と準備に時間がかかり、私も含めた主催者側は

睡眠時間もなく、料理と片付けに追い回され、あげくに経費は余計にかかって

しまうという悪循環。

楽しい場ではありましたし、喜んでもいただけました様子。

でも、「本当にこれでよかったのか?」という思いは、

「ただの自己満足だったのではないか?」という思いは、

去年の忘年会終了時には私の心には残ってしまっていました。

しかし、しかし・・・

外のレストランで行った今年の忘年会。

皆様から出てくるお話は、去年の忘年会のお話ばかり。

私達が作った料理など、外のレストランに叶うわけがありません。

雰囲気だって、普通のレストランの方が何倍もあるに決まっています。

しかし、去年の「幻のレストラン」のインパクトは相当強かったようで。

Aさん:「あなた去年の幻のレストラン知ってる?」

Bさん:「しらなーい」

Aさん:「実は会社がレストランになってね・・・」

Bさん:「えーっ」

というやり取りがそこここで行われていました。

そしてこんな言葉も頂きました。

「去年の幻のレストランのお品書き、大切にしまってあります」

「またやってください。次やるまで、絶対にやめません!」

「社長はじめ、会社が私達のこと、こんなに大切に思ってくれているなんて

 感激です」

普段業務で接する方はもちろん、一度もお話した事がない方からも

こんな言葉をぶつけられ、始めこそ、笑って「ありがとうございます」と

答えていた私ですが、最後はこらえきれずにトイレで泣いてしまいました。

お金がなくても、何とかみんなに気持ちを伝えたい。

「みんなにお礼がいいたい」

というコンセプトで行った幻のレストラン。

イベント直後には正直後悔もしたけれど、こんなにも皆様の心に残って

いようとは。

そして、自分達が伝えたかった事が、しっかりと受け止められていようとは。

とにかくうれしくて、うれしくて。

主催者側の人間は誰もがこんな感謝の言葉を参加者の皆様から頂いていた様子。

「来年もやります」なんて簡単にはいえないけれど、またいつか、必ず、

「幻のレストラン」を復活させたいなと思いました。

忘年会。

年末の恒例行事ではありますが、ただ集まって酒を飲むのではなく、

日々、自分がお仕事を出来ることを誰かに感謝する場所と考えると、とっても

素敵な場になるのだなと去年と今年の忘年会を通じて感じる事ができました。

会社の同僚は、同じ釜の飯を喰う同士。直接的な利害関係がなくても、必ず

つながりはあるはずです。

忘年会の様な会社のメンバーが一同に介す場は、そんな見えない糸を少しだけ

見えるようにしてくれます。

そんな素敵な場で是非、互いに感謝しあい、感じて欲しいと思います。

「自分は一人じゃないのだ」と。

「共に戦う同士がいるのだ」と。

そして、その事に、

「ありがとう」と感謝することの素晴らしさを。

忘年会シーズンはピークに入ります。

是非、普段のつながりを再確認できるような素敵な忘年会をお過ごし下さい。

Do the・・・

【注意】

今回は漫画、スラムダンクを読んでない方には多少わかり辛い点が

ある事を、事前にお詫び申し上げておきます。

「スラムダンク勝利学」という本があります。

ご存知(?)人気バスケ漫画のスラムダンクを基に、

強い心のあり様や成功する人間としてあるべき考え方を説いた

アツイ一冊。

難しいビジネス本や自己啓発本と比べ、サクサク読めます。

「なるほど!」と思わずひざを叩いたり、

「そうか!」と心を熱くしたりできるのは、

理論を分かりやすくまとめた著者の能力もさることながら、

題材が人気漫画の「スラムダンク」という点が、かつて

「少年ジャンプ」読者であった私にとっては大きいのだなぁと

感じています。

あの時、あの場所で、花道が、流川が、そして安西先生が

いった言葉、起こした行動にはそんな意味があったのかと

大好きな漫画の名シーンが実は人生においても重要な役割を

果たしてくれると感じた瞬間、大きな感動と、アツイ思いが

胸に溢れる大好きな一冊。

購入したのは10年前ですが、再び読み始め、もう10週目に

入っています。

さて、何度も読み返している「スラムダンク勝利学」ですが、

今回の読み返しの中で大変感銘を受けたのが、

「ベストを尽くすのではなく、全力を尽くす」という一節。

スポーツの試合に限らず、例えば、大切な商談に臨む時、

また資格試験や入試に挑むとき、人生における大切な勝負の場面で

「ベストを尽くす」という言葉が良く使われますが、

ベストが尽くされたかどうかはあくまで結果であるとこの本では

説いています。

目の前に戦いを控えている今、現在。

集中すべきは、今、この瞬間です。

沢山練習してきた過去を思い出すでも、試合後に喜んでいる自分を想像

するでもなく、私達が生きている、今、現在、この瞬間に全てを

集中すべきであると。

同書によれば、人は自分の行動に結果である「ベスト」を求める事で、

新たに不安やプレッシャーを背負ってしまうのだそうです。

私など、大切な場面で極度に緊張してしまうほうなので、できるだけ

余計なプレッシャーを背負い込みたくありません。

一方で、戦いに勝った自分をイメージする事で、闘争心が掻きたて

られるという考え方もあります。

かつて戦いを前にした私は良く、勝利の美酒に酔う自分を想像してみた

ものですが、結果・・・

「勝てる」、「勝つぞ」

「勝たなきゃ」、「負けられない」

となってしまい、プラスイメージが完全に縮小。

気がつけば、プレッシャーだらけで

「余計な事を考えなければよかった」となってしまいます。

さらにたちの悪いことに、戦いが始まれば、新たに背負った

プレッシャーや不安の分だけ、本来出せていた実力は当然だせなくなります。

決められたゴールを外したり、解けた問題をはずしたり。

そしてそれがまた新たなるプレッシャーとなり自分を縛り付ける

の繰り返し。最悪の悪循環。

そんな時の戦いの結果は・・・書く必要はありませんね。

「全力を尽くす」という事は、今すべきことをその状況にあわせて

一生懸命にすること。

何も求めずに、ただ、今すべき事に集中する。

先の事や過去の事、余計な事を考えずに、今に集中し、今に生きる事。

「大丈夫かなぁ」と不安になったときこそ、明るい未来が見えないときこそ、

今に集中する事が大切なのだと同書は教えてくれます。

スラムダンクの中で「全力を尽くし、今に生きる事を象徴する場面」として

取り上げられているのは、最終話近くの本作屈指の名シーン。

<知らない方、ごめんなさい・・・>

ケガで苦しむ主人公。

主人公の将来を考え、戦いの佳境でメンバーチェンジを要請する監督に

主人公が言います。

「オヤジ(監督)の最高の時はいつだ? 俺は・・今なんだよ!!」。

過去も未来もなく、ただただ、今に集中し全力を尽くす

花道のひたむきな姿。

思い出しただけで泣けてくるこの場面。
ジャンプを読んでいたときよりも年を重ね、振り返る過去も多くなった

今、未来を予想できるくらいのこしゃくな智恵がついた今だからこそ、

「全力を尽くして今を生きる」

この言葉の意味をかみ締めて、日々全力で生きたいと思っています。

熱源

先日、営業先の社長さんと話し込んでしまいました。

今の業界の動向や今後の見通し、そこから派生して

今後の社会、経済について等々、とにかく本筋の話が

完全に飛んでしまう位、お互いにアツク語り合いました。

非常に印象的だったのが、社長さんがボソッと漏らした、

「負けてたまるか」の一言。

今回当社にご相談を頂いたのは、不景気・震災の影響等

からのリカバーのために取る前進策に人材が必要との理由から。

話の節々からにじみ出る社長さんのアツサに触れた時、

「何とかお手伝いさせて頂きたい」という気持ちが湧き上がり

こちらの気持ちもメラメラと燃えてきました。

それと同時に、「この仕事をしていてよかったなぁ」とつくづく

思いました。

人材ビジネスの仕事は、とかく人の気持ちの部分に触れる機会が

多い仕事です。

働く人の気持ち、雇う側の気持ち。それらが固まってできる

会社の気持ち。

私達の周りには様々な気持ちが存在します。

その気持ちは必ずしも「前向き」なものだけではありません。

傷つき、裏切られた結果、「後ろ向き」になった気持ちもあります。

報われない日々の中、「否定的」になった気持ちもあります。

私は、この様な「後ろ向き」、「否定的」になってしまったいわば、

「マイナスの気持ち」をプラスの方向に向かわせる事が自分の仕事、

使命であると考えています。

給与や時間の条件さえ合えば仕事はできます。

しかし、それが長く続く事はないでしょう。

沢山ある気持ちの総和が「プラスの方向」に向いていない限り、

つまり、その仕事に関わるそれぞれの人やものの気持ちが

前に向いていなければ、その仕事がうまく行く事は決してないからです。

私は営業の際、その場の気持ちがプラスに向かっているのか?を必ず

確認します。

燃えていなければ私が勝手に燃えます。

それをスタッフさんに飛び火させ(例えが悪いですね)、そしてスタッフ

さんから現場に飛び火させ、やがて大火事の様に(やはり例えが・・・)

燃え上がらせる・・・これが私がいつも、どの客先においても考えている事。

今回お会いした社長さんは、単なる雑談の中にあっても、背中から燃え上

がってる炎が見え隠れしているような方でしたので、私も一安心です。

いや、一安心どころか、私も社長から飛び火を頂き、ゴウゴウ燃えて

おりますので、必ずや良い結果につながるのではないかと確信して

おります。

マイナスの気持ちをプラスに向ける方法はきっと一つだけ。

熱源を作り、冷えてしまったものを暖めてあげること事。

何かの事情で自ら発火できないものに対して、○×や諦めではなく、

自分の火を飛び火させる働きかけを行う事。

まずは自分自身を燃やして、そして周りの誰かを燃え上がらせる。

そんな事ができたらどんなに素敵だろうと考えて日々まい進しております。

私の大好きな言葉。

「君の心の振動で、周りの人の心を震わせてみせろ」

先日、20代前半のアツイキ読者に、「何でこんな仕事してるんですか?」という質問を

頂きました。

その彼に、このブログと言葉を捧げます。

・・・見てくれてるかな?

勝利

なでしこジャパンがブームです。
ワールドカップ優勝後のなでしこリーグの観客動員は、
史上最高の2万人。

過去の観客動員の詳細は不明ですが、新聞記事で踊る、「40倍の観客動員!」の文字が、

昨今のブームとかつてなめてきた辛酸をうかがわせます。

男子サッカーのJリーグが華やかなりころも、日の目を浴びることがなかった女子サッカーリーグ。

数年前まで誰が、今の彼女らの活躍を予想できたでしょう。

ワールドカップでの優勝という結果が、大震災で失意の中にいる日本国民に与えた勇気。

その功績は国民栄誉賞をもらうまでに昇華し、いまや押しも押されもせぬ日本の、いや世界のヒーローです。

サッカーに興味がない私。ワールドカップもまったく見ませんが、なでしこジャパンの活躍を耳にすると

大変うれしく、誇らしい気持ちになります。

「なんちゃって」、「便乗」思考で本当のサッカーファンには申し訳ない気持ちでいっぱいです・・・

さて、今回のなでしこフィーバーの根底にあるものは一体なんでしょうか?

私が思うに、それは唯一つ。「勝利」の2文字への渇望ではないかと思います。

もちろん、例え勝利しなくても、何かを一筋に目指すことは大変価値のあることですが、

もしもなでしこジャパンが勝利を手にしていなければ、今のブームはあったでしょうか?

勝ち続けていないとして、今の様に人気は過熱していったでしょうか?

いつからか日本には、かつての超競争社会のリバウンドの様に「勝負論」がなくなってしまったと思います。

勝ち負けがハッキリする勝負事は時に残酷。

どんなに一生懸命がんばっても負けてしまえばそこまで。

勝者は称賛され、敗者は排除される。

もちろん勝利のみを肯定するつもりはありませんが、いくら優しい言葉で勝敗論をぼやかしたところで、

結果を出したものだけがが栄光をつかんでいる様を見れば、その考えが残っているのは歴然。

オーストリアの作家、ツヴァイクはこんな言葉を残しています。

「歴史はいつでも敗者に背を向けて、勝者を正しいとするものだということを忘れてはならない」

また日本には、「勝てば官軍」という言葉もあるとおり、勝負事は勝たなければやはり意味がないわけです。

未曾有の自然災害に意気消沈する日本に活力を与えたなでしこジャパン。

その姿は戦後の落ち込んだ日本国民を勇気付けたヒーロー、「力動山」を思い出させます。

彼女達をヒーローたらしめたのは、潜在化してしまった、日本人の「勝利」への飢えや乾きを満たしてくれた

という部分が大きいのではないかと思うのです。

私達がなでしこジャパンから与えてもらったもの。

それは、自ら戦いの中に身を投じ、勝利の二文字を掴み取る「快感」、そしてその後の「栄光」への憧れ

であったのではないかと考えます。

もし日本に勝負論が残っていなければ、本当に勝ち負けに執着していないのであれば、

今のなでしこフィーバーはあったでしょうか?

国民栄誉賞をもらえていたでしょうか?

勝利を手にして、勝負論の素晴らしさを思い出させてくれたなでしこジャパン。

これからも、日本を元気にするためにがんばってほしいと・・・

いや、違います。

勝ってほしい、勝ち続けてほしいと思います。

勝て!なでしこジャパン!!